送料/クール/代引手数料無料 沖縄産厳選マンゴー2kg訳有品
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沖縄県産厳選マンゴー2kg
沖縄産厳選マンゴー2kg【訳あり品】
販売価格:3,800円(税込)

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訳あり品につき激安大特価!沖縄県産厳選マンゴー【訳あり品】を100セット限定で大放出!
商品名 沖縄県産厳選マンゴー2kg
【訳あり品】
原産地 沖縄県産
内容量 2kg/4~5玉
賞味期限 生ものにつき、お早めにお召し上がり下さい
保存方法 冷蔵
・商品画像は一例です。天候によって、色目もバラツキがあります。
・相場により予告無く価格が変更される場合もございます。予めご了承下さい。
・玉数の指定はできません。
・数量限定商品ですので、売り切れの際はご容赦下さい。

2008年04月29日

栽監督 小緑高校時代


若かりし頃の小禄高校時代の栽監督
優勝の写真です

詳細は確認中です。情報などもお寄せ下さい。  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 15:15Comments(3)TrackBack(0)栽先生

2008年04月28日

栽監督


栽先生がお亡くなりになって早1年
現役監督のままグランドから旅立ちました

5月8日一回忌が自宅でおごそかに行われます  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 17:30Comments(1)TrackBack(0)野球

2008年04月26日

最後の夏


資料の整理中始めて見た懐かしい写真です
宿舎の兵庫県沖縄県人会館でくつろいでいる
様子です。真ん中で五目並べをしているのが
私です。対戦相手は、最後まで秘密兵器のT・Fです  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 17:12Comments(1)TrackBack(0)夏の甲子園

2008年04月25日

故 栽弘義を偲ぶ会


昭和50年 第47回春の選抜高等学校野球大会
栽弘義、甲子園初出場で初の1勝。千葉・習志野を3×0で破り、初陣を飾る。


先にお伝えした通り、5月20日(火)に『故 栽弘義を偲ぶ会』が行われます。
みなさまにも生前、栽先生とゆかりのあった方々にお伝え頂けます様、宜しくお願い申し上げます。

私も恩返しとして全力投球で取り組みます。

詳細は栽弘義オフィシャルサイトをご覧下さい。  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 13:10Comments(2)TrackBack(0)栽先生

2008年04月22日

栽先生の遺品



日時:5月20日(火)18:30受付
ところ:沖縄かりゆしアーバンリゾート・ナハ6階ニライカナイの間 

故 栽 弘義を偲ぶ会の資料です
生前の栽先生との思い出が蘇ります
泣きながら、確認し、整理してます

何か不思議な感覚です
今、大事な資料が目の前にあります
恩師を思う私の気持ちが伝わったのか
大役を任せられました

栽先生のおもいを正確にまとめ
偲ぶ会に貢献できるよう努めます  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 11:24Comments(3)TrackBack(0)栽先生

2008年04月17日

南部の時代

春季九州高校野球大会

4月19日から始まる春季九州高校野球大会に出場する沖縄尚学と浦添商業が16日に長崎へと出発しました。先日のチャレンジマッチでは浦添商業がセンバツの覇者・沖縄尚学を8:1という大差で粉砕しました。ある程度予想されていたとはいえ、いいとこなしの沖尚はショックだったでしょう。でもいい刺激でした。

しょせん発達途上の高校生、たとえ1週間でも気を抜くとそういう結果になるということですね。沖尚の東浜くんや伊古くんの故障も気になります。それにしても浦商の投打は圧巻でした。日本一どころか高校野球世界一をあげたいくらいです。中学野球も含めてほんとに沖縄の野球レベルは上がりました。近いうち「沖縄を制するものは全国を制す」の言葉も聞かれるでしょう。

さて、30年前シリーズですが、我が豊見城高校と南風原高校が揃って春季九州高校野球大会(福岡)に出場しました。両校とも南風原とその近隣出身者が多くいわゆる南部連合といった感じでした。伊良皆さんらはいまだに県軟式野球の第一線で活躍しています。

「南部の時代」がたしかにあったんですね。近所の少年野球関係者の皆さんと子供たち、あの南部の時代をもう一度再現してほしいです!!


  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 10:53Comments(2)TrackBack(0)南部の時代

2008年04月12日

青春ドラマ

青春ドラマ/甲子園秘話


これから紹介する青春ドラマは、赤嶺賢勇先輩が豊見城高校から東京巨人軍に入って2年後、沖縄での出来事です。雑誌『センブンティーン』に掲載された記事です。『センブンティーン』といえば女子高校生向けのアイドルやファッションの情報雑誌。男はまず見ない読まない本ですが、そんな雑誌の特集に我が豊見城高校野球部11期が載ったのです。ということは我々は「アイドル」になったかもしれないという幻想を抱いたりしちゃったりもします。しかし期待されながらセンバツで初戦敗退したあとの取材記事ですから内容はまあ暗い暗い。でも青春ドラマ仕立てでかっこよく書かかれてあります。さっそくひもといてみましょう。

涙は夏までおあずけだ!

桐生3−1豊見城。試合は終わった。しかし、負けた豊見城は、バッテリーの神里くん、石嶺くんをはじめ、だれひとり甲子園の土を持っていこうとしなかったし、涙なんか見せなかった。泣くのは、夏の大会で優勝したとき。今日からは、夏をめざして、練習開始だ…ーーーと。(泣くのを必死にこらえ「巨人の星」の青雲高校の如く夕日に向かって走り出す選手たち)ハイッ、カットカット! (何の撮影や!)








これは実話です。実際、夏に向けて死ぬほど練習してました。  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 03:59Comments(5)TrackBack(0)青春ドラマ

2008年04月09日

赤嶺賢勇氏最新情報

夏に向けた準備が全国一遅い

沖縄尚学、優勝おめでとうございます。

4/5の沖縄タイムスで赤嶺先輩のコメントがありました。
赤嶺賢勇氏(豊見城高校のエースとして1975年春のセンバツで県勢初の8強入り)


赤嶺さんの最新の情報です。

荒井幸博氏のブログ『荒井幸博TODAY』というブログに掲載されていました。
タイトル:沖縄尚学優勝の翌日に赤嶺賢勇さんと


  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 17:46Comments(4)TrackBack(0)沖尚の躍進08年

2008年04月08日

深紅の優勝旗に”万歳“



深紅の優勝旗をしっかり両手で握った、島袋キャプテンを先頭に、
空港ロビーに入ってきた豊見城高野球部=那覇空港

深紅の優勝旗だからといっても夏の甲子園ではありません。
1977年秋に県勢として初めて九州を制覇して凱旋帰沖したときの様子です。今回の沖尚ほどの騒ぎではないが、当時としては学校や高野連関係者を中心に大歓迎を受けた記憶があります。九州制覇は現在の沖尚の甲子園センバツ制覇の布石となる一つの大きな関門でした。


琉球新報 昭和52年(1977)11月16日朝刊
深紅の優勝旗に”万歳“




空港は歓迎陣の波

九州制覇の豊見城ナイン
 夢果たし帰る




帰ってからが勝負です。チヤホヤされていつまでも有頂天になっていると、あとでとんでもないことになりますよ。


ところで
昔の高校生はテレビや新聞のインタビューに答えるのはうまくありませんでした。緊張して日本語でうまく話せなかったのです。その点、現在の沖縄尚学の選手や最近の高校生の話し方は堂々としてとても上手ですね。
  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 15:17Comments(6)TrackBack(0)九州大会優勝

2008年04月05日

夏に向けた準備が全国一遅い

夏に向けた準備が全国一遅い

沖縄尚学、優勝おめでとうございます。

4/5の沖縄タイムスで赤嶺先輩のコメントがありました。
赤嶺賢勇氏(豊見城高校のエースとして1975年春のセンバツで県勢初の8強入り)

【八回に逆転した準決勝は、今までの沖縄のチームとはひと味違う粘りだった。強かった。決勝までに残ったことは夏に向けての準備が全国一遅いということ。重圧もあると思うが、そんな謙虚な気持ちを忘れずにさらに頑張ってほしい】


〜たしかに今県勢は浦添商、中部商、首里、石川、興南を筆頭に、八重商工、浦添工、豊見城、本部、名護…どこも強い。連日、守りを鍛えて、東浜投手対策の打撃練習をしていると思えば侮れない。さすが先輩、経験から来るピリッとしたコメントです。夏の戦いはすでに始まっています。

ところで今センバツ決勝戦のスコア予想を私は6:0で沖尚の勝利としました。
  (4/3のコメント参照)

4回までズバリ的中!

5回の伊古くんのランニングホームランはおまけで私的には想定外です。
相手の中継も乱れてましたし…。 結果9:0  中当たりでした!

  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 20:36Comments(5)TrackBack(0)沖尚の躍進08年

2008年04月03日

沖尚、決勝進出

沖尚、決勝進出おめでとう!

嶺井君よく打った!東浜君ナイスピッチング!

優勝するには2番手投手の奮起が必要!
剛球・上原君、南部魂にも期待!

9年前の4月4日は金城孝夫監督率いる
比嘉、照屋の両投手で沖尚が優勝した日 
あすはどうか!!


  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 16:11Comments(4)TrackBack(0)沖尚の躍進08年

2008年04月02日

あの一球、分かれ道に

沖縄尚学、ナイスゲームでした!
強豪天理に勝ちました!

おめでとうございます。明日もたのしみです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


さて、31年前の記事を掲載します。
これは初の九州大会制覇したあとの栽先生のインタビューです。

栽先生の野球に対する姿勢、さまざまな教えは、豊見城高校野球部OBの金城監督(沖尚がセンバツ初優勝したときの監督)を経由してその教え子の比嘉公哉監督〜今の選手たちにしっかりと受け継がれていると思います。


昭和52年(1977年)11月16日 水曜日 琉球新報


この人と30分
九州制覇した豊見城高校野球部監督
栽 弘 義

ー九州制覇おめでとうございます。どうですか飛行機のタラップを降りてきたときの気持ちは
栽監督●うれしさと不安がごちゃまぜになった妙な気分ですね。初めての九州制覇ですからね。それはもううれしいにはちがいない。だけど、これでまた甲子園にみなさんの期待が大きくなったわけですからね。それにこたえられるかどうか。責任が重くなっだけに、それだけ不安も。

ー優勝の原動力は
栽監督●攻守のバランスがとれていたということでしょうね。それに軸になる選手がそれだけの働きをしてくれた。投手がまだ仕上がっていないとう不安もあるが、よくがんばってくれた。

ーそれだけ打力の勝利ですね。
栽監督●うん、まあよく打ってくれました。昨年にくらべて柄は小さくなったがパワーはは上ですよ。パワートレーニング、ウエートトレーニングを続けてきた成果でしょう。石嶺の小浜戦でのホームランは場外に130mは飛んでいる。神里のは低いライナーでね。

ー守備も再三ダブルプレーを演じピンチを切り抜けましたね。
栽監督●この大会で三塁の宮城、遊撃の新垣は自信をつけたでしょう。それに内野では二塁の比嘉康がキーですね。バッティングは湿りがちだったが、その守備の広さ、連係プレーの確かさは一試合でヒット4本の価値があった。

ーさて、対小倉戦で1:1で迎えたあの9回裏、小倉の攻撃1死満塁、1打サヨナラ負けという絶対のピンチに立たされたときの気持ちは。
栽監督●絶対絶命のピンチでしたね。しかし、あのシーンを思い出してください。昨年夏の大会県予選の決勝戦でもまったく同じシーンがありましたよ。このピンチを迎えた打者は小倉も那覇も上位。スクイズでなく絶対勝負してくると読んでましたよ。そうなったら活路も開けてくると、あの時点で宮城にピッチドアウトする余裕はありません。スクイズでこられたら負けでしたね。

ーそして続く二死満塁カウント2−3のときの心境は。
栽監督●あの一球が分かれ道で、優勝を呼び込んだといえるでしょう。宮城を替える気持ちはまったくなかった。そのときの勝負球が変化球でね。宮城正独特の落ちる球、ストンと胸がすくように落ちた。

ー九州の高校野球のレベルをどう見ました。
栽監督●レベルは低くないと思う。試合になったらそれは新人らしさが残ってましたがね。これから春、夏に鍛えがいのある選手がゴロゴロという感じです。それだけセンバツ、夏はきびしくなると思いますよ。

ーさてセンバツですね。九州を制覇したことで当然マークされると思いますが、甲子園に向けてチームの課題は。
栽監督●まず体力をつけること、パワーアップでしょうね。九州大会ではパワーでも他校を上回ったが、甲子園ではまだまだ通用しない。それとプレーの確かさを増すことになるでしょう。たとえば神里は制球力はいいといってもスポットコントロールにはまだ不安が残る。連携プレーにも、走塁にもやるべき課題はまだ山ほどある。
 九州を制覇したからといって選手に自信をつけさせちゃいかんと思っているんですよ。しごいてしごいて、あしたからの練習は選手が持ったかもしれない自信をなくすことから始めなければならない。ひとつひとつ、これから積み上げていく気持ちです。

……………………………………………
思い出にのこるあの日あの一球でした。  

Posted by 豊見城高校野球部11期 at 16:10Comments(4)TrackBack(0)九州大会優勝